仏壇・仏具の大仏堂-丹波市・篠山市

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お位牌を作りたい、仏像をよくしたい、お仏壇をよくしたいとお考えの方

お位牌を作る事になった。お仏壇のことは、ずーっと気にかかっていた。自分たちの生活はよくなったのに、お仏壇はほったらかしだった。少しは明るくしてよくしたい。お仏像を祀っているが、手の先がなく黒く汚れていてこのままではもったいない。このままでは孫も手を合わせてくれない。
なんとかしたいとお考えの方。普段はあまり馴染みがなく、いざとなると誰に相談していいのかわからないのではないでしょうか。そしてこのような不安もお持ちではないでしょうか。

 

このような不安をお持ちの方にこそ弊社にご来店いただきたいのです。

私は兵庫県丹波市で仏具店を営む冨田博重と申します。

恥ずかしながら私のことを少し話させていただきます。

恥ずかしながら初めはこんなものでした。

私は代々、仏像や仏具を扱う職人の家に生まれました。祖父が丹波の地に独立してから三代目です。祖父と祖母の実家も代々この仕事をしておりました。現在も京都で一族が仏師や彫り師や蒔絵師として頑張っているのは心強い限りです。

 

私は四人家族の中で伸び伸び育ちました。仏師の仕事では食べるのに精一杯でしたがそれでも奨学金を受けながら大学までやってもらいました。高度成長下の大阪で企業にも就職しました。一見順調に歩んでいるように見えましたが、心中は複雑でした。そんな中で妹が嫁ぎ、急に実家を継がなくてはという気持ちが強く胸を締め付けました。

 

「継ぎたい」と言うと父は「もう遅い」と言いました。二十代半ばの私に年齢が行き過ぎているというのです。職人は中学を出てすぐが理想で、せめて高校を出てすぐでないと頭も体も硬くなって素直に覚えられないと言うのです。それでも「わしの言うことに全部『はい。わかりました。』と言えるのなら・・・」ということを条件に弟子入りすることを許してくれました。母は喜んでいましたが父は相当やりにくかったと思います。かさ高い男が突然弟子になり、四六時中一緒にいるのですから・・・私も同様で、師匠が父というのは大変窮屈でした。
しかし今の時代は職方も分業となり、彫り物から漆塗り、金箔押し、彩色まで全部を身に付けられる親方は父以外に見つからなかったのです。

 

子供の頃から職場で遊んでいた私は、普通の家の子よりも身にしみていることがあったのでスムーズに入っていけました。父の口癖は「仏様は絶対にごまかせへん。仏様にこれでよろしいか?これでよろしいか?と尋ねながら仕事をするんや。」ということでした。

原点となる二つの経験

入門三年目に父が三ヶ月入院しました。そんなある日、お寺の総代様から位牌堂に並べる過去帖入れ位牌120本の見積り依頼の電話を受けました。職仕事ばかりしてきた私はどうしていいかわかりませんでした。自分の仕事の値段の付け方すらわからないことに気が付いたのです。不安でいっぱいでした。近くのお寺様へ教えてもらいに行ったり、競合先を見に行ったりと頭も身体もフル回転させて思いついたことは全て行いました。お陰で仕事を頂くことができました。もちろん父の信用があって頂いた仕事ですが、何も知らない若造にこんなに大きな仕事をさせて下さったことに心から深く感謝しました。そして総代様の期待に応えられるよう精一杯頑張りたいと思いました。このことが大きな転機になりました。このことがあればこそ、今の私があるのだと思っています。

職仕事ばかりやってきた私は腕を磨いてよい品を造る事が自分の一番大切な仕事だと思っていました。ある日、あるご住職様が「君はお客に勝つつもりか。」と言われました。少し職仕事を思えて天狗になっていた生意気な私にはその時はその深い意味さえわかりませんでした。
その後ある方の勧めで箱根で開かれる商業界ゼミナールに参加しました。「お店はお客様のためにある。」「損得よりも善悪で考えよう。」という商業界精神にのっとって全国の素晴らしい大先輩商人の方々が徹夜で指導して下さいました。この時これから歩んでいく自分の核が定まったように思います。また、以前ご住職様が言われた言葉から商売で「負けときますわ」というのは値引きするという意味だけでなく、相手を立てて謙虚に従うこと。以前あのご住職様が言われた言葉がいかに味わい深いものなのかもわかり赤面しました。ありがたいことにそのご住職様とは今でも親しくお付き合いを頂いております。

 

それからはお客様からご相談を受けたことには何でも応えられるようになりたいと思って必死で勉強しました。今では社員一同が「お客様のご要望にはNOといわない」という姿勢で取り組んでいます。足袋がほしいと言われ、そっと裏口から買いに行ったり、水引がないかと言われ文具店を何件も走り回ったり・・・。亡くなられたご主人の位牌に二人の思い出の桜を入れて欲しといわれ蒔絵で描かせていただいたり・・・。ご要望には精一杯お応えしたいと思っております。

 

私たちの仕事は何代も先の方々に受け継がれていきます。後々修復して蘇らせ末永くお祀り頂くものです。それをいつも心がけて仕事をしています。
材木の選定にしても夏目と冬目の硬さの差が少なく緻密でヤニが少なくヤセにくい材を選びます。それでも木は生きていますので、何年たっても変らない塗りをしようと思えばそのための下処理と下地と塗りの腕前が必要です。

最近はコストダウンの追及ばかりでちゃんとした仕事をしているのかどうかわからない品物が出回るようになってきたのはとても残念なことです。古き良き伝統や技術を守りながら新しいデザインや技術を勉強していく事が私たちの努めです。

 

おかげ様でもうすぐ創業百年を迎えます。これからも「何代にもわたって手を合わせていただくものを納めている。」ということを肝に銘じて日々励みたいと思っております。

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